「江戸歴史探訪-その十」を行いました !!

  • 日時:2024年10月12日(土)10:30~15:00
  • 参加メンバー:大場 幸雄(県央)、石川 武司(県央)、別所 洋一(県央)、坂井 靖夫(県央)、増子 寛(ベイ)、増田 勝男(湘南)、鈴木 寿一(県央)、原 建吾(県央)、福山 信二(県央)、小瀬 勝(県央)、風間 紘二(ベイ)、加藤 満(県央)、鈴木 弘道(県央)、前田 康行(県央、文責)

 浅草の賑わいはよく知られているところですが、「奥浅草」ってどこ?確かに聞いたことないですよね。浅草というぐらいだから、観光客であふれてるんだろうなあと思われるかもしれません。以前は「裏浅草」とか言われてたそうなんですが、裏だと裏寂しい感じがするとかで、「奥浅草」と呼称するようになったとかなんとか。いずれにしろ、表浅草とはずいぶん異なり、有名どころではないので観光客はほとんど見かけず、なんとも静かな界隈です。表浅草の賑わいとの落差があまりにも大きいので、ちょっと寂しい感じがするかも。唯一有名どころといえば旧吉原でしょうか。だから奥浅草って吉原あたりなんですと言えばなんとなく場所のイメージはできますかね。

 この歴史探訪、昨年は隅田川を挟んだ対岸の向島あたりを巡りまして、そちらから浅草を遠望したのですが、じゃあ次は向こうに見える浅草にするかということで、今年の紀行を奥浅草に決めた次第です。観光客がいっぱい集まるような場所は避け、かつできるだけ江戸の風情を感じるというのが一応この紀行の味わいと思っておりますので、そしたら奥浅草はうってつけじゃん、というわけです。

 集合は浅草雷門でしたが、10時過ぎだというのにすでにすごい人込み、さすが浅草。二天門から喧騒を抜け、姥ヶ池跡(写真左)を見て、守田座、市村座など芝居小屋のあった跡へ。この芝居小屋ですが、当時江戸の各所にあった芝居小屋が、贅沢を戒める老中水野忠邦さんの享保の改革で取り壊しになりそうだったところを、遠山の金さんの進言でここ猿若町に集約して存続させたとか。さすが、遠山の金さん、粋ですねえ。

 隅田川の堤防に出て、隅田公園の東京大空襲犠牲者慰霊碑、水原秋櫻子の句碑、正岡子規の句碑、春のうららの隅田川♪の碑と巡りまして、福島県三春滝桜の子孫木を愛でながら対岸の向島を眺めて昨年の紀行を懐かしみました。隅田公園の道向かいにあるのが待乳山聖天(まつちやましょうでん)。大根を奉納するとご利益の身体健全、夫婦和合が得られるとかで、大根がたくさんお供えしてありました。大根は社務所で300円で入手するんですが。これ、帰りに誰でも無料で持ち帰ることができるんですって。聖天様のすぐ脇に、「鬼平犯科帳」の作家池波正太郎さん生誕の地碑が。ここら辺の生まれ育ちだそうです。このあと、縁結びの今戸神社。SNSで話題の神社だそうで、カップルがたくさん来てました。インバウンドのカップルも。また、沖田総司の終焉の地となってますが、本当かどうか真偽のほどは定かでないのだそうです。今戸神社を出てまっすぐ北に向かいます。途中PORTERブランドで有名な、といっても誰もご存じなかったんですが、吉田カバンの創業者の記念館というのがあって、私はPORTERのファンだったのでちょっと感激。さらに北に歩いているとそろそろ空腹感が。小さなお蕎麦屋さんを発見。なんせ14名の大所帯ですから、我々だけでほぼお店いっぱいになりました。全員大もりそばでしたが、人数分のそばを用意するためご主人が急遽そばを打ったりしましたので全員が食べ終わるのに1時間ぐらいかかりました。まあ、でも650円は安かったのでOK。

 昼食後、さらに北に向かい、妙亀塚、お化け地蔵(写真左)を拝み、平賀源内さんのお墓へ。このお墓、きれいに管理されてます。平賀源内さんって有名だけど、何をした人かいまいちよくわからん。土用の丑の日にウナギを食べることを始めた人なんでしたっけ。

 その後西に向かって玉姫稲荷神社を通り、あしたのジョーの像を眺め、やっと旧吉原入り口にある見返り柳へ。ここから曲がった道を入ると旧吉原です。いまでもソープランド街ですが、そういった場所に縁のなかった私はちょっと緊張。吉原神社には、明治から昭和にかけての吉原の歴史がしのばれる地図が掲示してありまして、ちょっと神妙。吉原弁財天から鷲神社へ。ここがゴール、の予定でしたが、かっぱ橋商店街、調理道具の商店が立ち並ぶ通りですが、そちらへ行きたいとのことで、全員かっぱ橋商店街まで歩き。皆さん元気です。ということで、ここでお開きとさせていただきました。

 いやあ、今年も天気に恵まれて本当によかった。昨年もそうでしたが、青空の下、皆さんと一緒に楽しい一日を過ごすことができ、また来年もこの企画をとの気持ちを抱くことができました。皆さんお疲れさまでした。来年も企画しますのでどうぞ元気に参加してくれることを願っています。

(2024/10 前田康行 記)